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オーランド補習校の歩み

1998年7月、当時日米協会フロリダ州オーランド支部の会長だった田渕サム氏からの提案で、ここオーランドにも補習校開設の火の手があがった。もともとは日本から企業を誘致するときに、補習校があった方が有利だということだったらしい。発起人の田渕氏から当時三越USAの総支配人であった能勢幸次氏に相談があり、能勢氏から三越の父兄を通じて入学を希望する父兄が集まり、補習校実現の為に動き出したのである。

7月21日に最初のミーティングが持たれ、そこでは田渕氏のご尽力により既にメトロウエスト小学校で2教室借用できることが決まっており、一気に補習校が具体化していった。更に具体的に「いつから始めるのか、クラスの編成はどうするのか、カリキュラムの作成(年間計画)、また何をどこまでという目標設定をどうするのか、教材の調達は誰がどうやってするのか、授業料の設定、援助はどこからどれくらいあるのか、講師の給料はどうするか、等々」の話し合いが持たれた。

オーランド市やオレンジ郡との交渉を田渕氏、外務省や文部省への連絡や文書作成等を能勢氏、会計をブライダルアライの矢吹芳子さん、そして他校の資料収集を初め庶務関係を宮田純子さんが引き受けて下さり、入学を希望する父兄の代表の積極的な運営企画参加の下、開校に向けての準備が進められていった。

経済的に全く拠りどころのなかった開校当初、初代の校長を務めてくださった能勢氏は、
得意のゴルフを生かして個人レベルで日系企業に交渉し、設立資金を集めてくださったこともあると聞いている。父兄の手作りの補習校−これがオーランドの特色である。
毎年生徒数も増加し、開校当初と比べると2002年度(平成14年度)は約4倍になっている。そして2002年11月(平成14年11月)には、設立4年の足跡を刻むことになる。今まで有形無形の真心で補習校を支えてくださった方々への感謝の気持ちを忘れず、今後も『子供たちにとっての最高の教育環境』を目指し、
地域、社会とも連携をとりながらより良い補習校にしていきたい。

平成14年10月 金岡 明子

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